WINDOWSにしろマックにしろリナックスにしろ、コンピュータというものは、使い込むうちに、あのファイルはどこに行ったのか、あのアプリケーションはメニューのどこにあるのかなど、さがしている時間が長くなる。
これは年齢が増すとともにつらさがぐんと増える。無駄な時間も増える。効率が落ちる。
ひどい場合は、あのソフト買ったっけ?などと不明になり、PCのハードディスク内をさがしまわったあげく見つからず、メニューを探索しても見つからず、ソフトを購入してインストールしようとしたら、インストーラに『すでにインストールずみです。アンインストールしてから・・・』などというメッセージが表示されて驚いたなんてこともあった。
アプリケーションの特定の機能をさがすのも骨が折れる。
しばらく使っていない機能を使おうとするとき、メニューをいちいちプルダウンさせて凝視してさがす。
つくづく目を酷使する仕組みになっている。
手首の酷使も相当なものだ。
こういうことを感じるようになったということは、要するに、こっちが歳を取ってきて記憶力も落ち、ぼけてきたという証拠だが、別に記憶力が落ちなくても、数ヶ月も使わなかったようなソフトやファイルの位置を思い出せる人ってそうそういないと思う。
したがって、今日も、新たな仕事の前に、ファイルを探してから仕事をするはめになる。
ウインドウズなどのOSは、ディレクトリという仕組みがあって、ファイルの場所をさがすにしろ、ファイルを保存するにしろ、OSの決まりに従って作業しなければならない。
苦痛である。
ファイルを保存するとき、「そのファイル名はすでに使用されている。上書きしますか」と聞かれてとまどった経験がない人はいないだろう。
こんなことでいちいちとまどわされたのでは仕事の効率に響く。
ファイルをうっかり上書きして涙を流した人も何億人もいるだろう。
ひどい話である。
ファイルのショートカットは便利だ。
普通に使えている分にはうれしい機能だと思う。
ところが、おおもとのファイルの場所を変えたり、削除したりすると混乱の元になる。
ショートカットをダブルクリックすると、もとのファイルをバカ正直に探し始めるのだ。
WindowsXPやそれ以前のOSの場合、この検索がやたら時間がかかる。
しばらくぼんやりとした時間を浪費した後、「見つかりません」という意味のエラーが表示されて終わる。
Vistaになって、この事情が改善されたかどうかは不明だが、それにしても、ひどい話である。
さがす、ということで考えると、アプリケーションで何かデータを作るときでもやたらさがさなければならない場面に出くわす。
たとえば、ホームページを作るエディタを使っているとしよう。
画像を貼りこんだとして、リンクを設定する。
が、ちょっとした作業ミスでリンクを書き換えてしまうと、もう見つからない。
もとの画像がディレクトリ構造のどこに位置するかを記憶していれば復元も可能だが。
ときには、リンクをいじったという意識さえないこともあるから、どうしてうまくホームページができないのかワケがわからなくなる。
さて、目で見ながらファイルをさがすとき、ディレクトリの枝分かれをぽちぽちとクリックしてさがしていく。
どうしてハイテク機器を使っていて、こんなめんどうなことをせにゃならんのか?
なんで、こんなせせこましい画面の中を、針に糸を通すかのような微妙なマウス操作で操作しなきゃいけないのか。
ウインドウズビスタになって、ファイル検索が超高速化(当社比)された。しかし、ファイル検索を充実しなきゃ使えないOSって・・・なんなのだろう。
PCがなかったころ、あるいは、今でもPCなしで仕事するとき、仕事に使う道具をいちいち探してから仕事に取りかかるなんていうのは無駄の代表選手である。
ましてや、仕事の道具や資料をさがすのに、おさがし専門の助手をやとうとか、おさがし専門のメモ帳を使うとか、データベースを作っておくとか、そういうのは本末転倒である。
たとえ、PCによって使うファイル数や資料数が膨大になったと言い訳できるにしても、検索機能にたよるのは、なんか納得できない。本末転倒に思えてしかたがない。
ウインドウズビスタを見て驚いたのは、ファイルのアイコンがフォルダの図になっていて開いたり閉じたりアニメーションをするのだ。
マウスカーソルをアイコンに当ててしばらくするとファイルの概要がうっすらと表示され、徐々に表示が鮮明になる。
徐々に鮮明になること、これって、どういう必要性があるのか。
これを作った人、デザインした人って仕事をなんだと考えているのだろう。
こういう感覚がわからない・・・・電気代やメモリ代やハードディスクの記憶容量の浪費をなんだと思っているのだろうか。
全世界のPCがこんなことにエネルギーをついやしていたら海面上昇がますます心配だ。
"さがす"という話に戻ろう。
そもそもアイコンを目で見ただけで中身がわかる人ってどれくらいいるのだろう。
ウインドウズビスタになって、ファイル内容がサムネイル表示されるようになったが、なんだか目に悪い感じがすると言うか、マウス操作が震えるようになったぼくなんかにはどうにも具合が悪い。
あれはいじわるなシステムである。
アプリケーションをメニューから探すのもめんどうだ。
画面を凝視するから目にも悪い。
だから、よく使うアプリやファイルはランチャーに登録することにした。
フリーソフトで便利なランチャーが手に入る。
ところが、しばらく使っていると、これも非常に都合が悪い。
まず、アイコンの図柄だけでは、どのファイルやフォルダがどの内容だったか不明になる。アプリにしても、しばらく使っていないと、どのアイコンがどのアプリを差しているか忘れてしまうし、あのアプリのアイコンはランチャーのどこに登録してあったのかが不明になり、またもや、画面凝視の苦行が始まる。
視力が衰え、手首が固くなり、肩も重くなり、記憶力も鈍ってきた、こっちに対してひどい仕打ちが待っているのだ。
思い出すと、ウインドウズが出始めのころ、あるいはマッキントッシュにしても、ランチャーというかアイコン登録型メニューを搭載したPCがセールスポイントになった時代もあった。今思うと、あれもどうにも本末転倒だった。
要するに、アイコンがひと目で内容がわかるものに変えられる、設定できるようなOSがほしい。
それと、ファイルの場所を失念しにくいようなOS。
仕事に取りかかるとき、必要な道具が手元にあって、すぐに仕事が始められるOS。
超漢字は、ぼくのそういった(PC業界の人にとっては)理不尽とも思える希望をかなりかなえてくれるOSだと思う。
超漢字もバージョンVになって、ウインドウズなどOSの上で動作するアプリケーションとなった。機能はOSなのだが、他のOS上で動作するというなんとも不思議な存在となった。
地球上での各OSの普及率の差を考えたら、こういう行き方にも納得できる。
で、今のところ、すこぶる調子がよい。
多くの仕事を超漢字Vに移行しつつある。
同じファイル名を使うこともできる。
ファイルの上書きに悩むこともないし、ファイルをなくしにくいシステムもいいし、アイコン的なものも見た目ですぐに判断できる一覧性が秀逸だ。紙をぱらぱらめくるような使い勝手の感覚が超漢字にはある。
データファイルがそれぞれ緊密なネットワークを保ったまま存在するというのも特色で、WIndowsのように、リンク切れのショートカットができるようなこともないし、データファイルのネットワークをたどっていけば目的のファイルを探すのは容易だ。
たとえば、データの家系図が常備されているとでもいう感覚だから、このデータはどこから派生していて、どこに位置するものなのかが一目瞭然である。
しかも、ファイル検索機能もきちんと整備されている。
渡辺の”辺”の字など、異体字が多数あるが、「渡辺」で検索すると「渡邊」や「渡邉」を含むファイルがちゃんと検索される。
和製OSだから当然といえば当然なのだが、これってWindowsではどうなのだろう。
やる気がおきないのでやっていないのだが、いずれ実験してみたい。
超漢字のファイル名はたしか32文字までだったと思う。
これは場面によってはつらい制限である。
しかし、たしかにちょっと短いが、超漢字のファイルの内容はアイコンをドラッグしてアイコンの面積をひろげるような操作をすると、そのままの状態で中身を見ることができる。
ファイルの内容そのものが鮮明に表示されるので、ファイル名の長さが多少短くても大きなハンデにはならない。
ファイルの概要が徐々に鮮明に表示されるなんていう無駄に思える意味不明な機能はない。
そのぶん快適に動作するし、目にもよい。
もちろん、ウインドウズにはよいところがたくさんある。
たとえば、豊富なアプリケーション。
超漢字にはアプリケーションが少ない。
特に動画や音楽などマルチメディア系のアプリは無きに等しい。
超漢字が用意しているのは、シンプルな、昔ながらの事務仕事用の道具程度のものである。
そういう発想で見ると、追加購入すべきソフトはほとんどない。
ただ、これで十分だという人は何百万人もいるだろう。
超漢字のアナログ的とも言える自然な使い勝手と、ウインドウズの資源注ぎ込み型OSのよいところとをうまく使っていけば鬼に金棒である。
ソフトを買わなくてよい、どのソフトがいいか悩まなくてもいい。
新しいソフトの使い方をいちいち学ばなくてもよい。
これだけでも、すごい価値がある。
時間的にも無駄が減ってうれしい。
超漢字と出会ったおかげで、ウインドウズなど一般的なOSの使い方についてもいろんなヒントを得ることができた。
おそらくは、ウインドウズ、マッキントッシュ、リナックスだけを使っていたら永久に見いだすことができなかっただろう。
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